もう出る?
まだ
もうすぐで着く
わかった
まだ行かないでよ
大丈夫だって
仕事からの帰り、車の後部座で自分達の会話の履歴を見ながら、まるで別れ話でもしてるみたいだ、とJKは笑ってしまった。
それでも、その後もしつこく駐車場、エレベーター、と現在位置を報告し続け、既読になってるのを確認し、そして部屋のドアを開け、笑うJMの姿を自分の目で捉えて初めて息をついた。
パーカーにジャケットという服装を瞬時に確認し、その格好じゃむこうで寒くない?という言葉をなんとか飲み込み、立ってる相手を両腕で包んだ。
夕方の野原のような海のような、そんな色の髪に頬を埋めて息を吸うと太陽のような香りがする。
JMはバスルームで使うものをずっと変えていないはずだから、髪の香りは変わるはずがないのだけれど。
色というのは不思議だ。人の嗅覚まで騙してしまう。
右手でその髪に触れながら、つい数ヶ月前に自分が辿ったばかりの航路をJMを乗せた機体が飛んでいく姿にJKは思いを馳せる。
あの時は、陸地にさしかかったときによく揺れた。
今回は風がJMに優しくしてくれるよう、JKはそっと祈った。
彼の地は遠い。
その距離を体感しているだけに、寂しさがつのる。
十分重なっているのに、相手との隙間をもっと埋めようとJKが腕に力を入れようとしたその時、JMの携帯が鳴った。
迎えがきた。
自分の喉元に触れる吐息のような声に、JKは思わず言った。
やっぱり空港まで一緒に行こうかな。
JMの体の震えが伝わってくる。
どうやら、笑っているらしい。