JMは、丘の上にある展望台から見た海のことを思い出していた。
その日は天気が良くて海は青く、白波が陽光を反射して輝いていた。
弧を描く地形のせいで、遠くのほうにある、切り落とされたような崖に波が押し寄せている様子が、展望台からよく見えた。
迫り出してくる陸を阻むように、海は何度も繰り返し崖に激しく衝突している。
波が砕ける轟音が海風に乗り、遠くはなれたJMの耳にも届いてくるような気がした。
JKの素肌を喰らうように腕の付け根まで覆っている、うねる波のような紋様を見ながら、JMはあの海の青さと激しい海崖のコントラストを思い出していた。
「雲と、月だよ。」
おっと。
自分の考えを口に出さなくてよかった。
施術後に肌を覆っていたシートを剥がしたあと、上半身に何も羽織らずソファーに座っているJKの側で、JMは自分の軽い動揺をごまかすように顎を引いてその説明に応えた。
その沈黙を勘違いしたのか、JKは顔も上げないまま、ぼそっと言った。
「おれって、ヤバいやつだよね。」
JMはJKを見た。
JKもJMを見た。
思わず出そうになったため息を、JMは飲み込んだ。
JKは分かってない。
でもそれは、JKのせいじゃない。
心のなかでずっととぐろを巻いているような、この感情に気づかれていないとしたら、自分はそれだけズルく、上手くやっているということだ。
どこにも逃げ場がなく、ただ煮詰まっていくようなその感情の熱さ濃さに、自分の喉はカラカラに乾いているというのに。
「今夜は寝かせないからな。」
ふたりの間に流れた沈黙を破るように言ったJMの言葉に、JKがその丸い目をさらに丸くした。
「あのゲーム、今度こそ勝ってやる。」
JMのふざけた響きに抗議するように、JKは手を伸ばして相手の胸を軽く叩いてきた。
兄達が真っ青になりそうなことを平気でやっておきながら、ちょっとした期待や失望を隠せず、無防備な表情を晒すJKに切なくなってしまう。
JMは堪らず、胸元にある手を強く掴んで握り返した。
もう。
ぐっちゃぐちゃにしてやりたい。
JKのことも自分のこの感情も、もう原型を留めないくらいに無茶苦茶にぐちゃぐちゃにして、ふたつを混ぜあわせて飲み込んでしまいたい。
右手の先から体を染め上げるように拡がる刺青がJKの素肌を消していくのと同じように、自分の理性は愛おしさや欲情に勢いよく侵食され、海に削られまくった島のように、その存在は風前の灯だ。
JMは掴んだ手を引っ張り、そのままJKの頭を優しくかき抱いた。
JKはされるがまま、体を預けてくる。
こうしていれば、波が崖を削る音が聞こえるだろうか。
ヤバいのは
「おれのほうだって。」
口元にきた耳に小さな声でそう囁くと、耳の端にぶら下がっているJKのピアスが、自分の息で薄く曇るのが見えた。