一体どこにやってしまったんだろう。
帰ってきたばかりだというのに、旅先で食べた料理が美味しかったからと、早速キッチンに立っているJKの手捌きをソファーから見ながらJMは記憶を辿っていた。
それは、黒い石のついた指輪だった。
撮影現場で並べられている高価なアクセサリーたちのなかで、一際JMの目を引いた。
細かくカットされた石が贅沢についた他の指輪と比べると、その外見はむしろ地味なほうだったが、それは運命のように心に飛び込んできた。
衣装との相性の問題で結局その日は身につけることはなかったが、どうしても気になり、撮影終了時にスタッフに声をかけて買い求めたのだった。
その指輪が見当たらない。
大舞台を立派に終えて帰って来たJKは料理をし、洗濯機はまわり、自分はソファーの上で失くした物の行方について考えている。
JMは大きくため息をついた。
どうしたの?
キッチンの向こうからこちらを見て声をかけてきた相手に、JMは思わず苦笑した。
相変わらずよく見ている。
隠すと面倒なことになると分かっているので、大したことじゃないけど、とJMは指輪が見当たらない話をした。
ふぅん。
興味をなくしたように、JKの視線は手元のフライパンに戻った。
だからいつも、あった場所に戻したほうがいいって言ってるじゃん。
揶揄うような口調に、ハイハイと答えていると
どんな指輪?ときた。
黒い石がついてて、シンプルなやつ。
しばらく家を空けていた相手が頼りになるはずもなく、JMは簡単に答えた。
お前の目みたいだと思ったから買ったんだよ。
それは、言わない。
皮肉な話だった。
当の本人は帰って来たが指輪はない。
最後に見たのはどこよ?
という問いに、お前が出発する前にイベントがあっただろ、そこから帰って来てシャワー浴びる前に外して、洗面台に置いたと思ったんだけど...と説明するJMの声に、力は入っていない。
じゃあ、洗面台、もう一回見てみたら?
そこはもう見たんだって、と思いつつも、久しぶりにこういう会話をするのがJMは嬉しく、同時にそれが悔しい。
だから、わざと少し時間をおいて、ベッドルームに用事があるフリをしてバスルームを覗いた。
洗面台の上の、アクセサリー置き場にしているトレーをダメ元で指で探ったJMは、思わず小さく声をあげた。
果たして、指輪はそこにあった。
信じられず、JMはその指輪を手に取った。
一番最初にここは確認したはずなのに。
お前どこにいたんだよ。
黒く輝く瞳の持ち主と一緒に帰って来たのか?
そんなことを考えていて、ハッとした。
もしかしたら。
JMはもう一度、じっくり指輪を見てみた。
心なしか、少し歳を重ねたように見える。
まさに、ついさっきここに帰って来たJKのように。
JMは急に鼻の奥が熱くなった気がして、眉間の少し下あたりに指をあてた。
その時、できたよ、とリビングから声がかかった。
でも、それとこれとは話が別だ。
JMは指輪をポケットに入れてリビングに戻ったが、そのままソファーに座った。
今夜は、ありとあらゆることで焦らしてやる。
今だって、JKが呆れて笑いながら自分を抱きかかえて連れて行かない限り、テーブルにつくつもりはない。