まいったな
JKは仕事先の控え室で携帯を置いて、小さくため息をついた。
それは月が綺麗な夜のことだった。
カーテンを開けた寝室のベッドの上で体を密着させたまま、JKは冗談を言って相手をからかっていた。
空にある天体よりずっと魅力的な月が目の前に浮かんでいて、自分がそれを独り占めしている。その気持ちをどう扱えばいいのか分からず、冗談は言わば照れ隠しのようなものだった。
挙句、自分がついた見え透いたウソに軽く引っかかった相手の反応が可愛らしくて、背中にキスをしてもう一度背後から抱きしめているのだから、我ながらどうしようもない。
JKはいろいろな事に答えを出すのを諦め、相手の呼吸する背中に自分の胸が優しく圧迫される感覚を楽しんでいた。
人の体ってさ
JKのほうを見ずに前を向いたまま、JMがおもむろに口を開いた。
自分で見ることが出来るのは半分だけだから
結局、本人以外の人のほうがその人の体のこと
よく知ってるってことになるよな
重なった皮膚を通り抜け自分の体内へと伝わってくる相手の声に耳を澄ませるようにして聞いていたJKは、体を少し離してJMの背中の月を眺めた。
JMは自分ではよく見ることができない箇所ばかりに彫る。
脇腹、耳や二の腕の裏、そして背中。
後ろから抱くことが許されている自分の特権のようで、JKはそれらを眺めるのが好きだった。きっとJM自身よりはるかに多く、彼の肌に描かれた文字や月を見てきているはずだ。
そんな事をぼんやり考えていたJKだったが、何かが自分の右腕の内側を撫でる感触に、驚いて我に返った。
自分の左腕の上で相手の肘が動いていることから、JMの左手が自分に触れていると分かった。
JMの指はゆっくりした動きでJKの誕生花を愛で、JKが生まれた刻をなぞっていく。
JKは黙ったままのJMの顔を後ろから覗いてみたが、相手が俯くように顎を引いているせいで表情がよく見えない。
JMの短いまつ毛と上を向いた唇の先が、柔らかな月の光を浴びて輪郭を失いかけていた。
JKは控え室でもう一度息を吐いた。
時計の時刻にメッセージを込めるなんて、自分の腕の内側をなぞった、あの月夜に思いついたアイデアに違いなかった。
相手の肌に触れた瞬間、破裂してしまうんじゃないかと思うほど緊張させた指先で頬を押さえて、互いの唇を触れ合わせたあの日から。
互いへの気持ちを言葉以外のもので伝えるゲームを、飽きもせず自分達は何年も続けていて、結局自分がいつも負けている気がする。
ふたりの腕の上に一瞬同じ時刻を載せ、自分の腕で止められた刻の代わりに、JMはその腕の上で秒針を動かし続ける。
JMが螺子を巻くことで、自分の時間は止まることなく彼の腕の上で進んでいくのだ。
JKは鳩尾あたりに感じた軽い疼きを抑え込むように、椅子の上で体を折りたたんだ。
キスをして強く抱きしめる理由が、またひとつ増えてしまった。
そんな想いを分かっているかのように、JMは時計の文字盤をこちらに向けて微笑んでいる。