薄く伸ばした綿のような雲の隙間から
大きくて丸い月がやっと顔を出した。
見えた
そう言っても、背後にいるJKは小さな唸り声のような音をたてるだけだった。
今夜は月が綺麗らしいよ
お前がそう言ったからカーテンを開けたのに。
やっと出て来た
もう一度言ってみたものの、また形にならない音だけが返ってきた。
相手の胸と自分の背中がぴったり触れ合っているせいで、彼が発した声は自分の背骨に届き肋骨を伝って肺を震わせる。自分の体内から相手の声が聴こえてくるような感覚に耳を澄ませて、JMはひとり月を見上げた。
自分の両脇をくぐって胴体に廻された長い腕は下腹あたりで交差して、指が腰骨近くを彷徨っていた。素肌で重なっているせいで、少し体を動かしただけで触れ合う箇所が微妙に変化するのが分かる。相手の息がうなじを湿らせているのも分かっている。JMは、体の後ろ半分全体で相手を感じていた。
相手の体温がふと背から離れ、やっと言葉がきこえてきた。
あれ、ここの月がない
えっ?と、JMは頬だけわずかに後ろに向けた。
背中の満月が消えてる
逃げたな
そんなはずがないことは分かってはいるが、思わず体をひねって、どこに?と聞いてしまった。少し遅れて目線をJKにやると、自分の肩越しに、嬉しそうに笑っている瞳が見えた。
あそこ
JKは腕は解かずに軽く顎を上げ、目線を窓のほうにやった。その先には、月がゆったりと夜空に浮かんでいる。
JMは、そういうことかとまた体の向きを元に戻し、前を向いたまま「じゃあ、連れ戻してきてよ」と言った。
どうやら出かけてしまっているらしい背中の満月の居場所に、湿った感触が降りて来た。皮膚の感覚だけで、唇が笑っていると分かるってすごいな、とJMは月を眺めたまま思った。
背中は自分では見えない。完全に、背後にいるJKのものだった。
JKは背中から抱くのが好きだ。
きっとそこでは、取り繕うことの出来ない自分の気持ちが露わになってしまっているんだろう。
わかってる、と月の本心を隠すように、JKの胸がまたそっとJMの背中を覆った。