昨日ふたりで映画を見た。
そこで流れていた、三拍子のリズムが頭から離れない。
車の後部座席でセルフィーを撮影しているJMの携帯にうつる自分が、物欲しそうな表情をしているのは、たぶんそのせいだと思う。
もう少し顔を寄せないと
うまく写らないだろ
そんなことを言いながら、JMは撮るのに夢中だ。
ねえ、それよりさ
いま誰もいないよ
JKはフレームの中でのほうが、なぜか大胆になれた。
眼差しに気持ちをのせてじっと相手を見る。
それは不思議な感覚だ。
JMのデニムの感触を自分の頬で、JMの声を自分の耳で直接感じているのに、いま話しかけているのは携帯の画面のなかのJMだ。
それは一種のパラレルワールドで、そこでは自分たちの心臓は右にあり、JMの目は左のほうが大きい。
言葉というコミュニケーションツールはなく、あるのは目でする会話と、そして三拍子の音楽だけだ。
その世界のルールに従いJKは、じっと相手を見続けることで、その瞳に自分の気持ちが吸収され沁みわたっていくのを待っていた。
どうにか上手く写真を撮ろうとはしゃいでいたJMの目の無邪気な光が、相手の視線に気づいて訝しむように軽く曇り、それからじわりと潤いだす。
その表情の変化とともに漂い始めた色気に、JKの口が自然に開いた。
キスしよ
そのメッセージは、正確に相手に届いた。
その証拠に、JMが自身の唇を舌で湿らせるように舐める。
画面のなかのJMが自分のほうに顔を向けようとする、その体の動きが頬を通じて伝わってきた。
互いに画面越しに視線を合わせたまま、フレームの中と外が繋がっていく、その予感にJKが身を震わせたそのとき。
JMの肩がいきなり跳ねて、JKはフレームの外に追い出された。
驚いてJMの視線を追うと、クルマの窓からカメラが覗いていた。
こうやって、SNSに写真があがります
とかなんとか。
JMの咄嗟の明るい言い訳に、JKは髪を整えるふりをして軽く頭を振ったが、その気持ちの乱れ具合といえば、心のなかでした舌打ちの音が相手に聞こえていないことを確かめるために思わず耳を澄ませたほどだった。
カメラに向かってまだ何かコメントを続けているJMの視線は画面の世界を離れ、自分を通り越して車外に向いている。
けれど、携帯を持っていないほうの手が誰にも気づかれないようにさり気なく、太腿に触れてきたことにJKは気がついた。
それは、優しいキスだ。
JKは顔を少し左に向けて、応えるように相手の首筋に息をかけた。
三拍子のリズムは、まだうっすらと流れたままだ。
太陽王 le Roi Soleil と呼ばれた、フランスのルイ14世を象徴する、Sのラインを描くペアダンス。
三拍子のメヌエットはそれが始まりだということを、もちろんJKは知らない。
互いの目を見つめ弧を描きながら近づき、やっと出会ってまた別れる。
次の逢瀬がくるまで気持ちを胸元深くに隠したまま、太陽は音楽に身を委ねて待つしかない。
