その時間まであと数分だというのに、JKは未だ何も文字を打てずにいた。
誕生日なのだから祝いのひと言は当然として、後に続く言葉が浮かんでこない。
もう何年もこの日を一緒に祝ってきた。
昨晩も日付が変わったと同時に、相手の唇に親指で触れながら、おめでとうと伝えたばかりだった。
でもそれとは別に、いわば記念品として、毎年テキストや動画で祝う言葉を残してきたのだけれど。
とにかく仕事が詰まっていたうえに、今年は何か特別なことをしてやろうという下心が邪魔をして、結局何も思いつかないままこの時間になってしまった。
半ば放心状態でいるうちに携帯が落ち、暗くなった画面に途方にくれた自分の顔が映った。
集中しろ、集中
額の少し前あたりの空間に意識を集めてみていると、ふわりと白いものが目の前を横切った気がした。
しかし、その断片が何なのかが分からない。
ちりりりりりり
特別なその時間を逃さないようにあらかじめセットしておいたアラームが鳴り、急に我に返ったはずみで、JKはそれが何かを思い出した。
慌てて携帯の画面をスクロールする。
あと1分、間に合うだろうか。
JKはやっと目的の画像に辿り着いた。
そこには、粒子の粗いJMの寝顔があった。
夜が明るいある晩の話だ。
JKがふと目を覚ますと、少し開いたカーテンの隙間から光が差し込んでいた。
その光には色味がなく、陽光ではないことが分かる。
街の灯りか月の光か、光源を確かめるために起き上がるほど体は覚醒していない。
ただ自分の掌を照らしているその光の行方を辿ってみたくて、JKは窓のほうを向いていた体をゆっくり反転させた。
そこにはJMが横たわっていて、光は眠っているJMの頬、
眠りから呼び戻されてしまった自分の目にもその反射した光は優しく、JKはしばらくJMの肌を見つめてた。
もし自分が記憶を全て失い、
自分はJMのことを、
やっと生えた羽根は、どこかに落としてきてしまったに違いない。
美しい肩甲骨の形は、あの有名な欠けた彫刻のように、その先にあったであろう白く大きな羽根の存在を思い描かせる。
ぼんやりと霞むように輝くその生き物が目を覚ました時、羽根を失った相手と記憶を失った自分は目を合わせ、
深く眠っているらしい安定したリズムのJMの寝息に耳を澄ませそんな事を考えながら、JKは相手の発光しているような素肌を眺め続けた。
生まれてきてくれてよかった
JKは、自然に湧き上がってきた想いに自分で驚いた。
緩い蛇口から出てくる水のように、ひねってしばらく経ってから溢れてきたその感情が、ひたひたと心を満たしていく。
少しの間の後、JKは枕元の携帯に手を伸ばし、眠ったままのJMの姿を写真に収めた。
数字が変わり、時間になった。
JKはまず画像を送った。
説明はなし。
それから、深く息を吸って静かに吐き、テキストを一行送った。
"Happy Birthday"
一拍おいて、写真とテキストの側に、既読をあらわすサインがポッと灯った。