忙しいの?
何度かかかってきた電話にずっとテキストで返していたら、 そんなメッセージが来た。
単身外国を飛び回っているお前ほど忙しくないよ。
JMは心の中でそう返しながら、咳をした。
あんなに風邪を長引かせている人間の側に居たんだから当然だし、実際に「これは感染る」と互いに冗談を言い合ってもいた。
それでも、電話でわざわざ止まらない咳を聞かせることはない。
さて、なんと答えようか。
少し考えたあと、JMは問題を先送りすることに決め、ベッドの上でだるい体を丸めたままネットをザッピングし始めた。
すると、JKがNYで出演したラジオ番組の動画が上がっており、 ありがたいことに誰かが字幕をつけてくれているのを見つけた。
しばらく懸命に英語で話す彼の姿を見ていたが、 ある部分でJMは動画を止めた。
そして、もう一度同じ箇所を繰り返し再生した。
そしてそのまま携帯を枕元に置いて、天井へ向かってため息をついた。
それは自分が先に帰国する日、 スタッフから迎えの声がかかるのをJKと部屋で待っている時だった。
別に今生の別れというわけではない。
ただ、もう二度とないだろうと思っていた二人だけの旅が終わり、 JKは歌を携えこれから先は1人で世界を回る。それだけだった。
2人とも妙に押し黙ったまま、そのひと時が過ぎるのを待っていた。
そのうちソファーに座っていたJKが、身支度を整えて側に立っているJMの指にそっと触れ、 おもむろに聞いてきた。
次にライブをするとしたら、どこでやりたい?
予想していなかった肌の感触と突然の質問に咄嗟に答えが思いつかず、JMはちょっと考えて、また地元かな、と割と適当に言った。
JKはじっとJMの目を見たあと、少し口をすぼめて笑った。
あの質問と笑顔は何だったんだろうと思っていたが、これだったのか。
JMは、上を向いたまま目を閉じた。
どんなに言葉を交わしても、どんなに深く抱き合っても、どんなに互いの息を呑みあっても、それでも別れた後はまだ足りないと思う。
自分達はそうやってずっと互いを恋しがってきた。
いつかそんな感情は冷めていくんだろうと思っていたがそうはならず、それは時に互いを疲れさせた。
月のように、時間や重力がまったく異なる世界に行けば、この厄介な気持ちもどうにかなるかもしれない。
JMは窓を開けて月を見上げたくなった。
鼻声で「moon」とJKは言った。
あんな風邪、自分が全部引き取ってやれば良かった。
JMはまた咳き込みながら、今度の電話には出ようと思った。
目が少し潤んだのは、きっとひどい咳のせいだけではないと思う。