ほしばなし

JK & JMに触発されて書いた、短いお話

オルフェウス

ステージのほうで自分達の名が呼ばれ、大きな歓声が上がった。

授賞のため一列になって出て行く兄達の傍に立ち、JKは列の後方に目をやった。

 

明るいステージに比べると裏の階段がやたら暗く、そこから上がってくるJMの白い顔だけがぼんやりと発光しているようだった。まるで深い穴から出て来たようなその姿を見ながら、JKは有名な神話を思い出した。

死んでしまった妻を追って死の国に行った男の話だ。

 

男は蛇の毒で失った妻を追いかけ冥界に向かった。持ち前の琴の腕前で幾度かの危機を乗り越え冥府王に会って懇願し、ついに妻を連れて帰れることを許された。条件はただ一つ、ふたりが地上に出るまで決して妻を見ないこと。

男は道中なんとか我慢したが、自分の体が地上に出た瞬間、安心して後ろを見てしまった。だが、妻の体はまだ地上には出ておらず、そこで妻は冥府に連れ戻された。

子供の頃この話を聞いて、とても悲しくなったものだった。やっと会えて連れ戻すことができそうだった妻を、最後の最後で男はもう一度失ってしまったのだ。

 

JKは、自分がその男だったら、と考えてみた。

暗い地下に囚われた伴侶にやっと再会し、なんとか冥府王の許しを得て、その手を握りしめて暗く湿った洞窟を駆け上がる。自分と比べて小さなその手は、冥界に居たせいで冷え切っている。大きさだけでなく起伏まで記憶しているその手を両手で包んで温めてやりたいが、その衝動を何とか抑えて、今は地上までの道のりを急ぐ。

ついに前方に小さな光が見えてきて、これからの生活を思って涙が出そうになる。これでやっと住み慣れたふたりの部屋に戻り、今までと同じように朝と夜を過ごすことができる。これからもずっと、一緒に食べて笑って、一緒に眠るのだ。

そうして自分の頬に陽光が触れる。体が地上の暖かさに包まれ、自分は振り返る。ずっと待ち焦がれていた、相手の笑顔を見るために。

JKはそこで、ぶるっと体を震わせた。驚いたことに、それは次にやってくる失望に対する恐れではなく、武者震いだった。

冥界の王であろうが誰であろうが、そこで自分から伴侶を奪うなんて事は決してさせない。まだ相手の体が地上に出てないなんて、あの美しい踊りを手放したくないが故の言いがかりだ。

冥界の王の追手はどういうものだろうか。竜巻のような風が相手をさらっていくのだろうか。だとしたら、自分は稲妻の速さで相手を抱き寄せ、なにがあろうと絶対に離しはしない。

それとも冥界の力が鎌のように鋭い刃となって、相手の手を握った自分の腕を切り落とすだろうか。それなら伴侶に自分のその腕を抱かせ、決して離すなと叫ぶだろう。必ずもう一度冥界に降りて、自分の腕ごと君を取り返すから、と。

物語を初めて聞いた時、自分はまだ幼い子供で、主人公の悲劇に涙するだけだった。だが今は違う。その頃は手にしていなかった知恵と力がある。自分は、自分と彼を決して不幸にはしない。

 

そんな事を考えているうちに、JMが階段を上がり切り、自分のすぐ側まで来た。暗い足元を見ていた彼の目がすっと上がり、JKの目を軽く捉えてすぐ逸れた。

今日の彼は調子が良さそうだ。長く見てきたJKにはそれが分かる。軽く周りを見渡しただけに見えるが、ちらりと目線を確認するのは自分を求めている証拠で、それさえ分かれば十分だった。

彼が、自分と自分を求める彼自身を受け入れてくれさえすれば、他に必要なものなんて何もなかった。JKにとって、世界が完璧であるための条件はそれほど多くはない。

JKは流れるような自然な動きで、自身の身体をJMの後ろに滑り込ませた。

JMが振り返らなかったことにJKは満足だった。まもなく、大きな歓声とライトの光がふたりを包んだ。