ほしばなし

JK & JMに触発されて書いた、短いお話

冬の海

その色は、あの冬の海のようだった。

 

1月下旬、パリのファッション・ウィーク。とあるブランドのアンバサダーとして招待された彼の姿が、ネット上に溢れかえった。 緊張した頬と眼差しを動画越しに確認した後、 JKは彼の着ている服に目をやった。上着の色はくすんだグレーで、JMを取り囲むカメラマンやボディーガード達の上着が一様に黒っぽいせいか、彼の服の色の淡さが目立って見えた。色が薄い訳ではなく色彩が淡い、上品な影のような印象だった。


前に見た冬の海の色のようだ、とJKは思った。以前、仕事で冬の北欧に行ったことがある。撮影のため寒い季節にわざわざ北へと向かった訳だが、曇りがちな天気や石造りの建物のせいか、その街には驚くほど色がなかった。その色彩のない街で見た、雪の降る海をよく覚えている。そこは港だったせいか、波はそれほど立っておらず穏やかな水面だったが、冬の曇天や街の色ををそのまま映しているかのような、暗いというより厳かな色をした海だった。そしてその上に、雪は静かに降り注いでいた。 雪は水面に波紋を作るでもなく、次々と海に吸い込まれてその存在を消していく。小さな生き物達が現れてはすぐに黙って生を終えているようで、その光景は悲しく見えた。
しかし、その気持ちは口には出せなかった。そんな事を言おうものなら、人の辛さを嫌うJMのことだ。またおどけて無理に自分を引っ張り、その場を離れようとするだろう。寒い寒い、帰ろう、とか言いながら。

考えてみれば、自分たちふたりは、いつだって言葉で気持ちを表すことが下手だった。あの風景の儚さを体で表現しろと言われれば、JMは雪そのものよりも雪らしく、はらはらと落ちては消える命を巧みに表現することができるだろう 。そして自分も、歌ってみろと言われれば 音ひとつひとつに悲しみを乗せて、その時の心情を人に伝えることが出来るかもしれない。だが、自分たちはそれを言葉にするのは苦手だった。兄達や世にいるアーティスト達のような、言葉での表現力は持ち合わせていなかった。神様はどうやら、その能力を自分達に与えるつもりは今のところないようだった。

それは時に、JKをひどくもどかしい気持ちにさせた。 これ以上ない程はっきりと自分の気持ちが分かっているのに、ただうまく言葉にできず、 勢いでつんのめるような行動しか出来ないことが多々あった。 JMもまた、言葉を受け取るのも吐き出すのも思うようにいかず、溜まった感情で瞳を翳らせたり潤ませたりさせていることがあった。お互いもう少しだけ言葉に器用だったら、相手を傷つけずに済んだと思う場面がこれまでいろいろあった。

JKは動画に視線を戻し、改めてJMの姿を見た。 外の風景は全体的に温かみに欠ける色合いで、気温も湿度も低そうに見えた。JMの肌は乾燥しやすい。 1人であんな視線に囲まれていては、 あっという間に彼の水分が蒸発して乾いてしまう。JKは自分も気づかないうちに、小さく息を吐いた。 自分は彼の手触りを本当に良く知っている。掌や頬の湿り気、耳の厚み、骨の太さ。それはよく相手に触れているからで、言葉が操れないからこそ、触れているのだった。もし言葉を使って自分たちの気持ちを器用に伝えることができてしまっていたら、自分たちは、互いの5本の指を絡め合わせたり、舌を掬い合ったり、そんなことはしていないかもしれない。だとしたら、あの冬の海で、彼の手を握って目を見れば、もしかしたら伝えることが出来たかもしれない。生まれてすぐ水面に消えていく雪が切ない。だからこそ今、目の前にいる君の存在が幸せなのだと。

JKはもう一度、動画の彼の服を見た。中に着ている薄手のセーターは、冬の公園で見た土の色をしていた。 寒い冬を越えて春になれば、そこから芽が出て小さな花が咲きそうな、優しくも強そうな地面の色だった。

 

素敵な服を用意してもらったんだね。

とても似合ってたよ。

 

あと数日のスケジュールを終えた彼を部屋に再び迎え入れた時、そう伝えることができればいいなと思った。

遥か遠い場所にいるはずの彼が、動画の中からカメラを通してJKの姿を捉えたかのように、目線を一瞬残して、そして通り過ぎて行った。