ほしばなし

JK & JMに触発されて書いた、短いお話

帰り道

仕事を終えてひとり、帰りの飛行機に乗り込んだ。

しばらく地上と連絡する手段は取り上げられるけれど、何かにつけて電話しては彼の声を聞きこうとする自分からも、これで解放されることになる。

 

機内で早速イヤホンをつけてブランケットにくるまると、心が体から切り離されていくような感覚にとらわれた。いや、気持ちが急くあまり、本当に心が先にあの部屋までたどり着いてしまったのかもしれない。

 

その証拠に、小ぶりな手が寝具の隙間から覗いているのが見えてきて、ベッドの中で体を丸める彼と自分が重なり、互いの境界線がだんだん曖昧になってきた。自分の視界が彼に乗っ取られるような、自分が彼のなかに潜り込むような感覚だ。

 

布の波に体を預けて息をひそめると、己の体温が小さな世界を循環して自分自身を包み込む。そうして耳をすましていると、ほとほと、と波が舟の腹をたたく音が伝わってきた。

 

自分たちの部屋は、どこかにある小さな湾だ。

 

誰かが見えない妖精のために作ったような、小さくてきれいな桟橋がある。大気が地上をなでる音以外は何も聞こえない。岸辺の奥にある森は逆光で白く霞んで、静かに消えてしまいそうだ。

 

そのうち、湾の細い入り口から音もなく舟が滑り込んできた。午後の陽光にマストがきらりと輝く。湾の全てを映している水面のカーテンを開けるように、舟は少しずつ陸に近づいてきた。

 

それほど大きくない船体には、山ほど土産話が詰め込まれているが、荷解きはずっと後になりそうだ。舟はずっと、この小さな桟橋に帰り着くことだけを考えて大海を渡ってきたのだから。

 

それでも、風の力だけで進む舟が湾の奥まで来るにはしばらく時間がかかりそうだった。桟橋は優しい眠気に誘われて目を閉じた。

 

その時、そっと声がかけられた。

 

着陸体制に入ります。

シートベルトをお願いします。

 

姿勢を正すと、機体はゆるやかに傾いて下降を始めた。

 

部屋で待つ彼への想いが誘導灯となって、自分は迷うことなくあそこへ帰り着くだろう。ただいまを言ったあとは、互いの首筋に顔を埋めて匂いを確かめ合い、一日を過ごすだろう。

 

皆んな帰るべきだ。

誰もがその場所に、無事に帰って抱き合うべきだ。そうして、溶け合って二度と互いを離すべきじゃない。なのにどうして皆、次のただいまを信じてまた出かけてしまうんだろう。

 

彼が背中の月を隠すようにシーツをふわりと持ち上げる、その布ずれの音を耳元で聞いたと思った瞬間、飛行機の車輪が地面を叩き、振動がJKの体を大きく揺らした。

 

おわり