広い部屋を暗くして抱き合うのがいい。
凝縮された暗闇に包まれているような質感に安心できる。
暗いうえに裸眼で視界が狭く、自分の指先がせいぜい見える程度だから、親指で探るように相手の唇に触れた。
少しカサついた表面を擦ってそのまま奥の濡れた場所に指を進めると、相手の口が動いて、そのはずみで爪と歯が当たって音をたてた。
相手が笑って、ちょうど彼のイニシャルが刻まれた指の辺りを鼻息が優しく撫でる。
それが心地良くて、顔を限界まで近づけた。
相手の喉元を吸い上げた時の味は、海から陸に上がった最初の生き物が舐めた、海の味のように甘い。
ひとつになりたい、なんて生優しい欲求じゃない。
相手の皮膚の内側に入り込んで神経を繋げたい。
みんな勝手なことを言うけれど、誰もこのレベルを理解出来っこない。
惑星が直列で並んだような衝撃で、重力が反転して天変地異が起こり、不安は全て焼き払われる。
だけど
彼が離れたら、己が身を包んでいた奇跡はあっという間に引き剥がされる。
惑星の公転も生き物の進化も、結局その動きを止めることはない。
大きな波ほど引く時の力が強く、海底の砂に埋もれたガラスが顔を出してしまう。
引いていく潮に連れていかれないよう、相手の体を抱く腕に力を込めると、笑い声が止んで縋るような目が自分を見たので
離さないよ、と声に出した。