ほしばなし

JK & JMに触発されて書いた、短いお話

雪の記憶

降り出した雨が、車の窓に引っ掻き傷のような痕を残し始めた。

今日は雨が降る日だったのか。

JKは、高速を走る車の後部座席から空を見上げた。

野外での仕事がない限り、家でその日の天気を気にしたりしない。外に出て初めて、暑さや寒さに気がつく始末だ。

 

今日の雨は激しくなるのかと改めて外に目をやって、空がそれほど暗くないことに驚いた。空は白飛びした写真のようにべたっと陰影がなく中途半端な明るさで、まるで上映が終わったばかりのスクリーンのようだった。奥行きを感じさせるものといえば、端のほうに浮かんでいる、不機嫌そうな小さな雲だけだ。

海外ツアーなどで飛行機に乗っていると、機体の下一面に拡がっている雲を見ることがある。今も遥か上空で降り注いでいる陽光が、地上を覆う雲から滲み出て空をこんな色にしてしまっているのかもしれない。

そういえば、雪の夜も意外と明るいという話を思い出した。地上を覆った雪があらゆる光を反射するからだとか。確かに、何年か前に街に雪がたくさん降った日の夜は、小さな路地裏までが鈍く発光しているかのように明るかった。

 

そんなことを考えていると、口からふと冷気が入り込んできて、無意識に唇が動いた。夏が始まろうとしている今の季節に感じる冷たさではない。これは雪の記憶だと、すぐに気がついた。

あれはニュージーランドへ撮影に行った時のことだ。早朝、丘の上のほうにある雪を取りに行った。自分の他はまだ誰も起きておらず、雪までの上り道はひとりだった。歩いていると、それまで頬をこすっていた冷たい空気が喉から入ってきて、肺を冷やすのを感じた。

そのときの自分は、JMに雪を持ち帰ることへの高揚感より、どちらかというと沈んだ気分を連れていたのを思い出す。雪をあげようと思ったのだって、勿論彼がそれを好きだからというのもあったが、昼間見た雪の輝きが、彼の顔をパッと明るくしてくれるんじゃないかと考えたからだった。

 

結果、起きてきた彼に渡したときには雪はそのきらめきを失っていて、期待したほどJMを照らしはしなかった。取り囲んでいたスタッフや建物に遮られて、太陽の光が肝心の雪に届いていなかったのかもしれない。雪はそれ自体では光らないのだ。魔法がとけたように、雪はただの冷たい塊になっていた。

JMは寒くないかとしきりに気にしてくれたけれど、雪を取りに行ったことについてそれ以上何も聞いてこなかったし、自分も何も話さなかった。撮影から帰ってきた後も、あの日のことについて語り合ったことはない。

 

どうしようもなくなった時の彼の吐息だって知っているのに、自分達が確かめ合っていないことは、まだたくさんある。昨日どれだけ彼に触れたとしても、あの朝欲しかったものはまだ手に入らないままだ。彼にあげたかったものではなく、自分が欲しかったなにか。

 

JKは急に、Uターンしてこのまま家に帰りたくなった。仕事に向かっているのだから、もちろんそんなことは叶うはずもない。

スタジオに着いたら電話をしよう。あの朝に比べたら今日という日はずいぶん穏やかで、自分たちの心を大きくざわつかせるものは特にない。焦らなくてもいいのだ。

 

ガタン、と車が揺れた。

高速を降りたことで高いビルが空を塞いだけれど、JKはそのことには気づかず、家に残してきた彼のことだけを考えていた。