ほしばなし

JK & JMに触発されて書いた、短いお話

夜の色

目が覚めて携帯を見ると、もう午後になっていた。背中に意識を向けてみたが、そこに体温や息遣いを感じない。ドアの向こうからも物音がしないところをみると、JKはもう仕事に出たようだった。そこからたっぷり半時間ほど、寝そべった格好で携帯をチェックした後でJMはやっと体を起こしてベットを降りた。

冷たい水の入ったコップを持ってリビングの窓際に立ってみると、外では雨が降っていた。雨足はそれほど強くなさそうで、車での送迎があるJKを煩わせることはないだろう。窓から見える街並みは色が薄くて元気がなかった。少し離れて立つマンションの洒落た外壁も、今日はすっかり疲れたような色をしている。JMはふと、学校で色について学んだときのことを思い出した。内容は確かこんな感じだ。色というのは光が物に当たった時に初めて認識される。物に当たった光のうち、物自身に吸収されずに反射した光線が目に入ることで、脳が色を感じるのだという。それを聞いた時、とても不思議に感じたものだった。光が当たって初めて色が生まれるのだとすると、暗闇では物は無色になってしまっているのだろうか?夜になったら世界から色自体が消えてしまっているのかと、何やら頭がこんがらがってきそうだった。授業では試験に出そうな事を機械的に暗記して終わりにしたが、今日のこの街の色はどうだろう。建物の外壁の明るい白や木々の鮮やかな緑色は、今日で一旦失われた。いつか陽光が射した時に、彼らは新しく生まれ変わった姿で現れるのだ。見慣れた物事に、思いもよらない真実が潜んでいることがたまにある。色の存在も、そういうものかもしれない。

JMは窓から離れてリビングを横切り、キッキンへと向かった。そういえばリビングには、はっきりした色味のものがあまり見当たらなかった。自分もJKもあまり家具に凝るほうではない。どちらかといえば考えるのが面倒で、白や黒を選びがちだった。その結果、狙った訳ではないのにモノトーンなインテリアになっている。自分がソファの上に置きっぱなしにしているスウェットだって黒だ。この家のなかで鮮やかな色があるとすると...と心の中で探して思いついたものに笑えた。それはJKの右腕だった。

最近また色を足し直して、人の肌とは思えないほどカラフルになっていた。引き締まって重みのある腕に描かれている植物や動物や天体には、それぞれ意味がある。夜にベットサイドの小さな光で浮かび上がるそれらの絵は、松明で照らし出された古代の壁画のように見えた。手を握り合ったりして彼の腕の筋肉が動くと、彫られた生き物たちがうごめいて互いに愛を囁き出す。その妖しさといったら、全身に痺れを感じるほどだった。

JMは、急に出掛けてしまった彼を連れ戻したくなった。しかし、仕事に行っているのだからそんなことは出来るはずもない。JMは残りの水を飲み干して、キッチンの上にグラスを置いた。こんな時は几帳面なJKの性格が恨めしい。起床後のルーティンでコーヒーだって飲んでるはずなのに、カップはおろか一滴の水さえキッチンには残されていなかった。誰かと何年も愛し合ってるなんて、孤独な魂が見させた永い夢だ。神様が哀れなお前の瞼を閉じさせ、素敵な物語を囁いてくれてるだけだと今誰か言われたら、信じるしかない。少なくとも、この綺麗に拭き上げられたキッチンの前では。今日の仕事は何時頃に終わると言っていただろうか。とっとと済ませて、この部屋に体温を持ち帰ってきて欲しかった。JMは冷蔵庫の扉に一度手をかけたが、そのまま開けずに腕を下ろした。喉が渇いてるわけではない。根拠のない不安が、悲しい寓話を連れて来てしまっているだけなのだ。JMはしばらく空のコップを見つめたまま佇んでいたが、もう食洗機に入れてしまおうと取っ手を引っ張った。そしてそこで、彼の頬が弛んだ。食洗機の中に、見慣れたJK愛用のマグカップがちょこんと置かれていた。伏せてあるカップ糸底が、素肌のように素朴で繊細な色を見せている。

突然、ソファの上の携帯が鳴った。理由もなく急かすような、少しワガママな鳴り方だった。JMは食洗機を閉めてソファーへと向かい、表示されている名前を見た。電話に出たときの自分の声が甘くなってしまうのは間違いない。それをどう抑えようかと考えながら、携帯を手に取った。