「あ」
そのときJMの頭をよぎったのは、本当にそのひとことだけだった。
互いに折り重なるようなポーズで団体写真を撮ったときのことだ。
OKの声がかかって姿勢をほどいたときに、自分のすぐ前にあった頭がくるりと方向を変え、顔がJMのほうに向いた。
相手の頬が自分の鼻先をかすめて、唇が近づく。
「ちかい」
そう思ったとき、ほんの少しだけ相手の唇が軌道を変えた。
というより、変えることができた軌道を修正しなかった、というほうが正しい。
そのまま唇は自分の唇に触れて重なり、そのままそっと離れていった。
一瞬の出来事に気づいたのは、きっと自分たちだけだ。
何も知らずに談笑している兄たちの間から覗くように相手の表情を追い、JMは自分の心がギシッと軋む音をきいた。
「やってしまった」
JKはじっと自分を見つめていた。
その真っ直ぐ射るような視線を見て、JMは自分が何をしてきたかを知った。
いや、その言い方さえ言い訳じみている。
自分が何をやっているか、ずっと分かってやっていた。
相手と目線があえばたっぷり時間をかけてから逸らしたし、こちらを見ていると分かったら、体の動きひとつひとつに感情を込めた。
それがついに身を結んだというわけだ。
相手に行動させるというカタチで。
もし今までの一部始終を誰かが見ていたとしたら、お前はズルい奴だと罵られるに違いない。
それは、自分がずっとこうあろうとしてきた姿とは正反対の姿、こんなものが内にあると自分でさえ知らなかった感情だった。
JMはさっきのJKの目を思い出し、胃が絞られるような痛みを感じてみぞおち辺りに手をやった。
あの目がたまらなく好きだ。
すがるような挑むような、あの目にずっと自分だけ見ていてほしくて、ここまで来てしまった。
たった今、そのことにはっきりと気がついて、JMは茫然とした。
自分の足元がパカっと開いて、真っ逆さまに落ちていく。
混乱と恐怖と、そして今まで感じたことのないゾクゾクする感覚が、体内を駆け抜けていく。
JMはあのとき、JKのその真っ直ぐな視線をしっかり見返したのだった。
それは心臓の右と左が闘ってるような感覚だ。
片方は自分がしでかしたことに怯えているのに、もう片方はといえば、唇の先にある肌や指先をはっきり求めて悶えている。
怖くて嬉しくて、どうしようもない。
「 」
その時いきなり名前を呼ばれて、JMの体は、まさに落下した先で険しい地底に激突したかのように飛び跳ねた。
撮影を終えたというのにその場に立ち尽くしている自分に、兄のひとりが声をかけたのだった。
「行くぞ」
そう言われて、JMは慌てて兄を追った。
ふたりの世界では2歳年上で、すべてをリードするべき側だったとしても、JMもまだ知らないことをたくさん抱えた未成熟な若者のひとりだった。
このまま進んでいくしかない。
落ちていくしかない。
でも、どこへ?
心細くなり、部屋を出たところでJKを探したが、その姿は見えない。