ほしばなし

JK & JMに触発されて書いた、短いお話

階段

渋滞にはまってしまった車は、さっきから少しも進んでいない。

 

並び建つ摩天楼に反響してか、クラクションの音が閉じた窓越しにも聞こえてくる。

 

こういうのがNYでは日常茶飯事で、と案内役の女性が前の席から声をかけてくる。

 

JMは気にしていませんよ、というように女性に微笑み、変わらない外の風景に目をやった。

 

 

こはちょうど美術館かなにかの前で、窓から見える歩道の奥には、建物の入り口に続く階段があった。

その階段をのぼりきったところに、向かい合って立っているふたりの青年がいる。

 

片方はスラリと背が高く褐色の肌の持ち主で、割とカチッとした感じのロングコートを羽織っている。 

その向かいに立つ相手はデニムのパンツにパーカーという格好で、大きなフードのせいか自由で軽快な感じに見えた。

 

その彼の髪は、ブリーチしているのか色味の薄い金色で、笑って頭を揺らすたびにフワフワとしたその髪の先で光が揺れる。

顔立ちはアジア系にも見えるが、実際のところ、JMは見た目から人種や年齢を判断するのが得意ではないのでよく分からなかった。

 

その金髪の青年は、自分より頭半分ほど背が高い相手と話しているせいか少し顔が上向いていて、その明るい表情がJMからもよく見えた。

何がおかしいのかひとりで話しては笑って、体を大きく揺らしている。

相手はといえば、口元に優しそうな笑みを浮かべて静かに話をきいているようだった。

 

 

恋人同士なんだな。

 

JMは自然にそう思った。

知り合いや友人にしては、ふたりの体と感情の距離が近いのだ。

 

 

そのうち建物から人が固まって出てきて、ふたりは邪魔にならないよう脇に寄り、そのタイミングで金髪青年の一方的なおしゃべりも一旦終わったようだった。

 

グループを先に行かせたあと、オレたちも行こうか、というようにしてふたりは階段を降り始めた。

 

階段の中央には金属の手すりがあり、ふたりはそのバーの左右に分かれて降りてくる。

 

歩幅が違うのか頭が上下するリズムがずれているにも関わらず、ふたりは並ぶようにして段を下ってきた。

どちらかがさり気なく相手に合わせているのだろう。

 

ふたりがそうして、階段のちょうど真ん中あたりの小さな踊り場に差し掛かったそのときだった。

 

金髪はいきなり身を翻してバーを跨いだ。

相手が体を横にずらしてできたスペースに、ひらりと舞い降りる。

 

ふたりは一瞬顔を見合わせて笑い、そしてまた一緒に階段を降り始め、一番下まで来るとJMの車が向いている方向とは反対のほうに歩き出した。

 

褐色の手が相手の背にそっと添えられたところで、ふたりは人波に遮られて見えなくなってしまった。

 

このとき、案内役の女性が振り返るか運転手がバックミラーを確認したら、JMが少し身を乗り出すようにして後ろを見ていることに気づいたかもしれない。

けれど、結局そのことは誰にも知られることなく、JMは前に向き直った。

 

 

 

いいなあ。

 

 

JMは心からそう思った。

 

 

自分は今、肌触りの良い上質なスーツに身を包み、その胸にはたくさんのダイヤをあしらった高価なブローチが輝いている。

 

向かう先には大勢のセレブリティーがいて、自分が車から降り立ったときにもたくさんのフラッシュが焚かれるだろう。

 

けれど、階段の途中で再会したあのふたりは、そんな自分より何百倍も幸せそうに見えた。

 

 

自分だって。

 

 

こちらが一所懸命に話をしている最中に急に口元に触れてくる長い指や、ものを拾おうと屈んでいるときに、いきなり後ろから抱きしめてくる逞しい腕が恋しい。

寂しげに酔っている姿を晒しているJKを見るのも辛かったし、出来るなら、あのふたりのようにずっとふざけ合ったり愛し合ったりしていたい。

 

 

JMは気持ちを切り替えるように背筋を伸ばすと、乱れてもいない襟を整えた。

 

 

けれど逆算して考えていくと、今はひとりひとり、個々に世界と向き合うことが必須だった。

もう少しして自分が舞台の袖に下がれば、次はJKの忙しい夏がやってくるはずだ。

 

そしてすべてやり終えてその時が来たら、自分たちもきっと、ひらりとバーを飛び越えて思い切り互いを抱きしめ合えるだろう。

 

 

 

やっと車が動き始めた。

 

待ち望んでいた未来に向かって、ふたりで前に進み出していることにJMは満足だった。

 

 

あの金髪の青年が、頭に光を戴きながらステップを踏む足音が聞こえたような気がして、JMは流れ始めた外の風景に、もう一度だけ目をやった。