ずっと走り続けているせいで、顔も指先も熱くなって膨張しているように感じる。
鼓動がバカだバカだバカだと変換されて耳の奥で鳴り続ける。
誰がバカだ?自分で相手だ。
なにが間違いかといえば、傷ついてると勘づいたのに甘えてそのまま全部言ってしまったことだ。
傷つくなよ、バカ。
相手をなじる自分にうんざりして、声に出して息を吐いた。バカは自分だ。
つんのめるように足を止めて、もう一度声を吐く。呼吸なんてしたくもないのに、肺は酸素を求めて喘いでいた。体も心も何ひとつ自分の思い通りにならないというのに、いったい何が自分を自分にしてるんだろう。
雨か汗がこめかみあたりを伝って下りてくる感触に顔を上げた。まったく見たことのない通りにいて、見たことのない人達が歩いていた。店のネオンが雨に濡れた路面に映り、皆楽しげで、街も人も今の自分のような後悔なんて一度もした事がなさそうだった。
喉を迫り上がってくるモノの正体が何か分かった途端、視界がぐにゃりと歪んだ。自分の腰に絡む腕も、背にかかる重みも、自分を捉える視線も、頬にふれる吐息も何もかも、自分の軽率な振る舞いのせいで今夜、全て失うのだとしたら。内臓がごっそり抜け落ちて、自分の体は空っぽになってしまう。
あの独特な肌の匂いが鼻先をよぎったような気がして、無意識に左手が尻ポケットの携帯を取り出していた。
雨に濡れた指が震えて、目的の番号をちゃんと表示できない。シャツの裾であわてて画面を拭いて現れた名前に向けて、躊躇なく発信した。数回で呼び出し音が途切れ、雨音が沈黙を埋める。繋がってるいるのかどうかわからず、相手の名前を呼ぼうとしたその時、小さな声が聞こえた。
「電話するなって言っただろ」
その途端、嗚咽と謝罪が一緒くたになって口から溢れ出た。相手の反応が知りたいのに、自分の泣き声を抑えることが出来なくて何も聞こえない。それでも、手の中の機械から伝わる微かな声をなんとか捉えた。
「どこにいるんだよ」
しゃくり上げながら周りを見た。
自分が何処にいるのか全く見当もつかない。
分かっているのは、自分が帰るべき場所だけだった。