ほしばなし

JK & JMに触発されて書いた、短いお話

煌めき

マニラを走るタクシーの中、その女性はある2人のことを考えていた。

 

働く三児の母として忙しい日々を送る彼女に、夫がホテルのレストランでのディナーをプレゼントしてくれたのだが、帰途に着く前にトイレに寄った彼女は、ホテルの廊下の隅で向き合って立っている2人の少年に気がついた。

 

まだ高校生のように見えるその頬のあどけなさと高級ホテルのちぐはぐさ以上に、ふたりが漂わせる雰囲気が気になったのだった。

 

ふたりは、談笑するわけでもなく言い合うわけでもなく、ただ向き合って立って互いの目を見ていた。

 

顔は少し影になっていて、表情はよく見えない。

だが、向かい合って黙っているということは、どちらかが口を開くのをどちらかが待っているということだろう。

沈黙の緊張感が彼女をその場に留めた。

 

そのうち、金髪の少年が耐えかねたように視線を逸らして下を向き、何か言った。

もう片方の少年は、顎を上げて天を仰いだ。

 

上を向いた少年が、髪を揺らしてくるりと身体を回した時、暗がりの中で彼の瞳がきらりと瞬いた。

 

泣いてるの⁈

 

その少年の表情を確かめたくて、思わずその彼の顔を凝視して目が合ってしまい、女性は咄嗟に目を逸らせた。

そうしてる間に、金髪の少年をひとりその場に置いたまま、片方の少年は立ち去ってしまった。

 

残された金髪の少年は、一本のロウソクのようだった。

一息で消えてしまいそうなか弱い炎のようであり、暗がりのなかで心細い思いをしている誰かの足元を照らす、小さな愛のようにも見えた。

 

声をかけてやりたい衝動にかられたが、なかなか戻ってこない妻を探しに来た夫の声が聞こえてきて、その場を立ち去るしかなかった。

 

あの2人は、一体どんな関係なんだろう。

 

なにより、自分の瞳があれほど煌めいていたのはいつだっただろうか。女性は、飲み慣れないワインのせいで横で眠ってしまっている夫の顔を見ながらそんなことを考えていたが、急にハッと息をのんで左胸に手を当てた。

今すぐ夫を起こして話をしたいくらいの高揚感と、嗚咽してしまいそうな切なさが揃ってやって来た。

 

ああ、あの子達、恋をしてるんだわ。

 

なぜあの場で気がつかなかったんだろう。

女性は、もう見えないホテルのほうを振り返った。

 

金髪の子が目を逸らす直前、相手の少年は向かい合うその彼に右手を差し出しかけていた。しかし、相手が何かを口にした瞬間、スッと右手を元に戻したのだった。

 

あなた、気がついてた?

 

女性は金髪の少年に心の中で話しかけていた。

 

あと少しで、あの右手は今夜のあなた達を救ったかもしれない。

我慢して我慢して耐えきれず出した右手は、我慢して我慢して耐えきれずに逸らした視線に、ほんの一瞬間に合わなかったのね。

 

女性は息を吐き、今頃義母に寝かしつけられてるであろう子供達を想った。

うちの子達もあんな恋をするといい。

 

どこに辿り着くかは分からないけれど、あの真っ直ぐな気持ちは、滲み出てしまう愛しさは、間違いなく人生を豊かにしてくれるだろう。

心配することはない。今日はすれ違ってしまったが、あの少年ふたりはいつか重なり合うだろうと、女性は思った。それは、彼らより少し長く生きてきた大人の勘だった。

 

夫にもらった素敵な夜に遭遇した、儚くも美しい心の響き合いに耳を傾けながら、女性はうっとりとした眼差しで外を見た。

人知れず触れ合っては離れ、また触れ合う人々の心を包んで、街は優しく煌めいていた。

 

あの少年の瞳のように。